東京地方裁判所 平成5年(ヨ)2446号 決定 1994年1月25日
債権者
斉藤育子
債務者
有限会社インターナショナル・クリーニング・サービス
右代表者代表取締役
小坂賢一郎
主文
一 本件申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
事実及び理由
第一事案の概要
一 申立て
1 債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は、債権者に対し、平成五年一〇月一六日から債権者が職場に復帰するまでの間の通常勤務日数分の給与を仮に支払え。
3 申立費用は債務者の負担とする。
二 争いのない事実
1 債務者は建物の清掃を主な業務とする会社である。
2 債務者は、平成五年九月二八日ころ、債権者を建物清掃従事者として雇用し(以下「本件雇用契約」という)、そのころから就労させた。
3 債務者は、債権者に対し、同年一〇月一四日、債権者を採用しない旨の通知をし、以後、債権者の就労を拒んでいる。
三 争点
右の不採用の通知は本件雇用契約の終了を告知するものであるから、その法的性質は解雇の意思表示とみるべきである(以下、この意思表示を「本件解雇」という。なお、債務者は、「債務者は債権者を正式に雇用したものではなく、適性をみるために働かせてみただけである」旨主張するのであるが、法的評価としては、就労させることを合意した以上は雇用契約が成立していたというべきである)。
したがって、本件の争点は、本件解雇が有効であるかどうか、という点にある。
四 当事者の争点についての主張
1 債権者
債権者には解雇されるべき事由はなんら存在しない。
なお、債務者は、債権者に対し、試用期間の定めについては何らの説明もしなかった。
2 債務者
債権者が、債務者従業員としての適性を欠いていることは、債権者の言動から明らかである。
また、本件解雇当時、債権者は試用期間中であった。
第二当裁判所の判断
一 (書証略)及び審尋の全趣旨によれば、本件事実経緯は次のとおりであると認められる。
1 債務者は、就業規則において、新規採用の従業員については、採用の日から一か月間を試用期間とする旨定めている。
債務者は、この規定にかかわらず、従業員を新規に採用した際には、その就労状況を観察し、合意のうえ、右規則の定めよりも長い二ないし三か月の試用期間を定めることにしていたが、本件雇用契約に際しては具体的に試用期間を定めないうちに本件解雇に至った。
2 債権者は、本件雇用契約に従って就労中、次のとおりの言動を行った。
(一) 債務者代表者小坂賢一郎が、平成五年一〇月一二日、債権者の就労状況等を確認するため、債権者を就労場所である銀座サイセイビルに訪ねたところ、債権者は、小坂賢一郎が何度も「おはようございます」と挨拶するのを無視した。小坂賢一郎が、自分は債務者代表者であり今後の仕事について話をしに来た旨を告げたところ、債権者は「代表者の方ですか。仕事の邪魔ですから帰ってください。突然来て仕事の邪魔です。契約は終わってますからもう話すことはありません。帰ってください」と返事をした。これに対し、小坂賢一郎が繰り返して話合いを求めたところ、債権者は、「労働基準局に訴える。裁判にする。仕事の邪魔だ。帰れ」と強い口調で話し始め、エレベーターのボタンを乱暴に叩きだした。このため、小坂賢一郎はやむなくその場から立ち去った。
債権者は、その日二回にわたって債務者に電話をかけ、「今日、代表者が突然来たが、変態だと思った。もう誰も来させないでほしい。突然来たことに対して謝罪しろ。今日は、作業に邪魔が入ったので七階事務室のごみ取りをしていない」と述べた。
(二) 債務者取締役小坂愛子と債務者の採用担当者赤木久恵が、翌一三日、債権者の真意を確認すべく、債権者を就労場所に訪ねたところ、債権者は挨拶もしないまま「仕事の邪魔だ。帰れ」と述べた。
赤木は、債権者に仕事を任せるのは無理であると判断し、債権者に対し、預けてある建物の鍵の返却を求めたが、債権者は、「あなたはただの人だから、あなたは私に仕事を教えただけの人だから、私にとやかくいえる人ではない」と答えた。
そこで、小坂愛子が「今日の仕事は赤木さんがするので、私と話し合いましょう」と言うと、債権者は「あんたは誰なんですか。このビルは雑居ビルなんだから、あんたが会社の者だと言ってもわかるわけない。仕事の妨害罪で訴えてやる。おまわりを呼んでこい」と叫び始めた。やむなく、小坂愛子が京橋派出所の警官に立会いを求めたところ、債権者は、警官を見るなり、「おまわりは民事に口を出すな。告訴してやる」と発言した。そこで、小坂愛子と赤木はやむをえずその場を離れた。
3 債務者は、債権者の右の言動から正式な雇用契約の締結はできないと判断し、本件解雇をした。
二 以上要するに、債務者は、債権者の暴言その他の言動から本件雇用契約の存続は困難であると判断し、一か月の試用期間が経過する前に本件解雇をしたものである(債権者は、試用期間について知らされていないことを主張するが、就業規則は、これが合理的な労働条件を定めたものである限り法的規範性を有し、労働者はその存在や内容を知っているかどうかにかかわらず当然にその適用を受けるところ(最大判昭四三・一二・二五民集二二―一三―三四五九)、就業規則において一か月の試用期間を定めることには十分な合理性があるから、債権者はこの規定の適用を免れえない)。
そうすると、本件解雇は、解雇権を濫用してなされたものとはいえず、有効なものというべきである。
三 よって、本件申立てはすべて理由がないから主文のとおり決定する。
(裁判官 岡田健)